読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

月を飼っている

NEWSとSexyZoneに心奪われた。

誰も興味ないと思うけど"元"吹奏楽部員にハルチカの話をさせてほしい。


映画「ハルチカ」のありがちな感想エントリです。本編のネタバレを含む内容になっておりますので、大丈夫な方だけお進み下さい。

 

 

 

 




ハルチカに寄せて
‪ ‬渋谷の映画館でハルチカを見ようとしたら当日の朝には既に殆ど席が埋まっていた。三連休の真ん中、都心で見ようとしたら当然といえば当然なのかもしれないが、前から3列目に座って後ろにも前にもぎっしりお客さんが入っているのは光景は、盛況ぶりが伺えて嬉しかった。

キャッチフレーズに「吹キュン」という新たなワードを盛り込み、ダブル主演に橋本環奈と佐藤勝利を抜擢、原作者初野晴さんの後押しあっての完全新作のオリジナルストーリー、舞台挨拶で監督が胸いっぱいになり涙ぐむ一面もあったと聞き、前情報の時点で「実写化」作品から若干感じられがちな安っぽさは感じられず、また私自身が元吹部であるため、期待値が高かった。

書き連ねるとキリがないので、特に印象に残っていることだけ抜粋して書く。

 

  • 音楽のこと

随所に登場する音楽たちにそうか、そういえば私は吹奏楽好きだったんだな」と思い出す。久しぶりに聴いた音の重なりはまず私の記憶に訴えかけてきた。
オリジナルテーマ「春の光、夏の風」のチカのソロを含んだ部分は吹奏楽に携わったことがある人ならみんな好きと言っても過言ではないだろうか。重厚感のあるホルンに続く金管楽器、繊細な木管楽器が重なっていく高揚感を、音の渦を作り出しながら肌で感じれるのは吹奏楽をやる人間の喜びと興奮の頂点だと、この曲を聴いて思った。
あと、キャストが実際に演奏した、という前情報を得ていてよかった。演奏シーンの度この子達本当に吹いてるんだよ?めっちゃ凄くない?」にと、勝手に誇らしくなっていた。クランクインの4ヶ月前からそれぞれ練習をはじめたらしいけれど、普通は無理だ。並大抵の役者魂ではない。それほどまでに頑張れなかった過去の自分が若干悔しくもあった。
なにより上白石萌音ちゃんがチューバを実際に演奏してくれたことが元チューバ奏者として本当に嬉しい。ずっと芸能界を生きてきた彼女の学校生活ではまず吹奏楽部は縁のないものだったと思うし、その中でも特にチューバは一人で成り立たせるのが難しいから、きっとこの映画のきっかけがなければ彼女の人生にチューバという楽器は存在しなかっただろう。彼女の音が最初に映画館に響いた瞬間、あったかくて太くてやわらかい音に、幸せな気持ちになった。

屋外での練習は楽器を思いやればほとんどの人がやらない事だし、なにより映画の演出なのだから楽器を痛めつけて可哀想!」なんていうわからずやにはハルチカの良さも分からないだろう。

現役で吹奏楽部の中高生以上に吹奏楽部から離れて音楽をやっている人や、吹奏楽自体と疎遠になっている人に見てほしいと思った。

  • 芹澤さんの補聴器を探すシーン

"夜の学校に忍び込む"という好意に対する行動原理に善も悪もなく圧倒的に「芹澤さんのため」だけに駆け出したふたりの無謀さや若さが、いい。それから、芹澤さんのプライドの象徴が片耳30万の補聴器だったことや、それをチカが踏み潰してしまっていたことが、思いつめていたことが思いがけずに、あっけなく大したことないやと思える」ような爽快な歯ごたえをもっていたことが好きだ。
芹澤さんに描かれた心の葛藤は、彼女がストーリー上特殊な立場にいた(音楽一家の一人娘、難聴)というだけで、誰しもかかえうるものがありのまま描き出されていて、ひとり砂浜に立ち尽くす佇まいには胸の中心がもぎ取られそうな思いを感じる力強いワンシーンだった。
ハルチカ全体に含まれ青春の息苦しさを体現する存在は、芹沢さんが間違いなく一端を担っている。

  • ケンカのシーン

物凄く「中学/高校の吹部」っぽさが凝縮されていたシーンのひとつである。
気づいたと思うが、チカへの自主練を命じた草壁先生のアップの後、チカが一人出ていくカットから、しばらく同じ位置のカメラから画が動かない。そしてBGMもなく、まるでどこかの学校の音楽室に定点カメラを置いて撮ったようで。吹奏楽部員であれば誰もが経験する状況をスクリーンの中で完全に再現するための演出のひとつだった。
各パートの席から動かずに険悪な話し合いへとなだれ込む。不協和音の中に自らも存在しつつある地点からそれをずっと傍観している。コンクール前の焦燥感、音楽室に立ち込める不穏な空気と、初夏のじっとりした空気を、ひとつひとつの言葉が、動作が、少しずつかき混ぜていく。合奏中に痺れを切らしてでていく顧問、いたたまらずに一人出ていく時チューナーを落とす子、泣き出す子、少しずつ積もって言った不満をここへ来て爆発させる子、心無い一言で余計な抗争にまで発展させる子、それ以外はその時間が終わるまで(誰かが終わらせるまで)は同じところに居座るしかないのだ。
大きなスクリーンとはいえ、彼らの感情を読み取れるのは「表情以外の全て」で、それを魅せるのはかなり難しいことなのではないだろうか。吹奏楽部にあるあの大きな空気感を俳優たちが生み出したリアルがそこにあった。

  • ラストシーン

前に「内申書に響くから」と授業をボイコットしての演奏する提案を断ったハルタのホルンの音が、突如授業中に響く。
そしてどんどん音が重なり合って、最初は見ているだけだったチカも、何度やっても吹けなかった自分のソロパートに近づくとフルートを持って駆け出した。
あの、だんだんと音が重なり合う高揚感、そしてソロパートがキマった瞬間喜びあうシーン。
生徒達や先生までもが踊り狂い叫ぶあのシーン、一見カオスだが、「音楽は人の心を繋ぐ」「清水北高校に吹奏楽の音をのせる」がかなった瞬間を、映画だからこそ表せる演出で、あのシーンはどうしても、どうしようもなく涙が出そうなほどに愛おしかった。

トーリーが前に進めば進むほど、胸の奥に残っている色あせてしまった記憶が、蘇ってきた。長らく触れてなくてひやけしてしまった懐かしい絵本のページを、そっと捲っていくような感覚に似ていた。
はじめて楽器に触った時の冷たくてやわらかい金管楽器の感触、準備室で合奏をサボった時の埃っぽいにおい、幾重にも重ねられた音の真ん中に自分がいるという感覚。部活は正直いって嫌いだった。でも、間違いなく吹奏楽部だった3年間は私の人生のなくてはならないピースの一つだったことを、この映画はそっと抱き起こすように思い出させてくれた。忙しない毎日の中で、どんどん遠ざかっていく中学生の時の記憶がそっと呼び覚まされるようなそういうもの。甘酸っぱさや恋の苦しさとかではなくて、10代でしか得られないねじ切れそうでやさしくて泣きたくなるような「きゅん」だった。
それを安っぽくさせなかった製作者たちの努力が、自然と観る者に涙させた。
余談だが「吹キュン」という言葉がハルチカという映画にはよく似合うと思う。爽やか、軽やか、やさしい、さみしげ、儚い。ハルチカという映画全体に漂う雰囲気は「す」と「い」の空気が漏れ出すようなやわらかさがぴったり表しているように思うのだ。
フィクションに触れて「こういう高校生活送りたかったなー」なんて、よく聞くセリフだ。
部活に打ち込んで見たかった人、暇を持て余して放課後にマックでたむろしてみたかっ人、電車通学してみたかった人、川沿いを自転車で下校してみたかった人、渋谷が定期圏内に羨んだり、海の見える教室に憧れたり。
今の高校生活に満足してない訳じゃないけれど、いいなぁ、と思うことがある。
でも私が羨ましがる生活は誰かのもので、誰かが羨ましがる生活は私のものなんだなあと、ハルチカを見て思った。うまく言えないけど、高校3年間ってものすごく尊いものなんだなと、ストンと理解した。ハルチカで描かれている高校生たちみたいに部活に打ち込む生活も、少し憧れる。けれど、もしそんな生活のなかでは私の生活の楽しさは知ることはなかった。それが急に、どうしようもなくいとおしく感じたのだ。


‪ ‬

  • 勝利くんについて

ちょっとお〜〜〜!!?!セクガルのお姉様方〜〜〜〜〜!?!?
満員のバスでぶちゅって潰れちゃう勝利たんみました!!?愛おしくない!?愛おしすぎない!?可愛すぎないか!?映画館の中で身悶え天を仰いだよわたしゃはっはっはっ!!!!!

 

 

はい。以下戻ります。

 


‪勝利くんが特技は俳句です。中学の時の俳句コンクールで入賞しました。」と、そんな高校入試の面接みたいな台詞をテレビで言う度に、彼は本当に身一つでテレビの中に入って行ったんだなあと思う。‬歌もダンスもキャラクターもずば抜けているわけではなくて、ただ顔が、顔がひたすらにきれいだったから、あちら側の世界へ入っていったのだ。精巧な彫刻のように整った美しい顔で、ひとたびころりと表情を変えるだけでため息がもれるような美少年が放つどうしようもない輝きの中に吸い込まれていく人が、そしてその中に身を埋めようとする人が、世の中に数万人いる。けれど彼の存在は危うかった。たぶんおとなたちは当初彼の美しさを持て余したことだろう。顔がいい人は他にもいっぱいいる。彼の顔がどんなに美しかろうと、そう感じた全ての人がそこに「好き」を見出すということはない。そして勝利くん自身も、どうしていいかわからなかっただろう。だから多分目の前のことを、真面目に着実にこなし真摯にまっすぐ向き合った。辛い時期を彼がそうやって堪えてきたということは、見守っていた訳では無い私も知ることが出来るほどの彼の長所であった。
それは結果として今作ハルチカに繋がった。
前述したが、楽器の演奏は並大抵の努力ではできるようになることではない。向き不向きや相性もある。(私は木管が向かないと言われた)
顔面という最高の天賦の才を、越える真面目さでホルンを習得した。そしてダブル主演の環奈ちゃんも同じ境遇に置かれて生きてきて、だからこそ良きパートナーであるんだ映画を見て確信した。確かにふたりとも顔がきれいだけれど、それを生かして輝くための努力を怠らない姿勢でいることは明白なことだし、なにより引き立て役、という言い方はあまり良くないが、ほかの高校生キャストの顔だちが素朴でふつうの感じの子達だった中で、浮かず2人も素朴寄りに馴染み、しかし美しさが損なわれずむしろくっきりとした。(美しすぎて)スクリーンを破壊するんじゃないか"しょりかん"の偉大な努力が生み出したハルチカ。ただ顔がいいだけのアイドルじゃない、佐藤勝利を知らない人がハルチカを見てそれ気づいて欲しいと、そう思う。
そんな勝利くんが牽引した映画は勝利くんのこれからを作っていくし、保健室で草壁先生と二人で話すシーンは勝利くんの今までが凝縮されたほんのひと匙が生み出したハルタで、佐藤勝利20歳の等身大のリアルだった。

SexyZoneのファンとし勝利くんのことを知り、ハルチカを鑑賞することが出来て本当に良かったと思う。
空席がひとつもない満員の映画館を埋めていた人たちと、いつか東京ドームという同じ空間で勝利くんやSexyZoneのために費やす同志となって同じ時間を共有できる未来を、私は願ってやまない。

 

 

 

 

2017.3.22.🌝
Hasta la vista baby!